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おなじことをなんどでも書く

♪:五月雨

 

 

 

 

最近生活がちょっとグチャッとし始めている。やはり残業は悪。いや結局今後の残業少なくなったんだけど、なんか、うーん。寒いからかなあ、やっぱり次第に閉塞していっている感じがする。大変なのはここからなのに

ここからだから苦しいのかな。

仕事中に「好きなもの」について考えることが増えた。好きなものとそれに付随するいろいろなこと。

物心ついたときから「これが好き!」と言える何かがあった。何かを好きであるということがアイデンティティだった時代が長かったし、そんなに好きになれるものがあっていいねと言われることも一度や二度ではなかった。それはそのときは確かにわたしの誇りだったんだけど、だんだんそういう情熱が霧散していってしまい、自分の中にあったあの激しい愛情も疎ましくなり、今は新しく何かを好きになることを恐れているくらいだ。失うときを恐れているのではなくどちらかというとそれに費やすものを恐れている。時間とかお金とかエネルギーとか。その先の落胆や疲弊、虚無を思ってしまう。浅ましくも明白な希死念慮とのバランスが取れない。

夢中になれることはもうないだろう、いつか正気に戻ってしまうだろう、好きでいても溝は埋まらないと気付いてしまった過去とそれらの予感がよりわたしの孤独を深める。

一人ではなくても独りにはなる。一人ではなくても隣には誰もいない。そのことを思い知りたくない。青さんの曲となら心中したって良かった。具体的に行動を移すわけではなく、ただ「これとなら死んだっていい」と心から思えたその瞬間だけ、わたしは孤独を忘れられた。

 

どうしてこんなにいつもいつも虚しいんだろう。

何も考えないでいられれば生活は出来るのに。緩いルーティーンに則って時間が過ぎていくのを待つだけでいい。何一つ進歩しなくても歳は取れる。

でも感情が動くとそれが出来なくなる。忘れた振りをしていた虚しさや寂しさに手足を取られて身動きが出来なくなる。日が暮れるのが怖くなる。

 

忙しくしていても得るものがない今の仕事がしんどいのかもね。得るものがないと思ってやっている自分の姿勢もしんどいし。趣味があれば、目を逸らせるだけの楽しい何かが他にあれば別にやれると思って就いた仕事だったから趣味がなくなってだんだん首が締まりつつあるのかな。

夢中になれるような仕事ならよかったのか、でも、わたしは怒られるのがすごく嫌いだし、評価されるのも怖くて人生で挑戦というものをしたことがほとんどない。頑張ったこともない。自分がこなせそうなことだけしかしたくなかった。

不甲斐無い

 

頑張ってるのが眩しいしそういうものを見つけられたのが羨ましくて、そしてそこにしかない絆みたいなもの、覚えがあっても時々見ていてしんどくなる。なんでわたしにはないんだろうとまでは思わないけど、「いつか全部なくなるのに」という諦観が、「いつまで見ていられるか分からないのに」という絶望が、「どうせ限界はあるのに」という嫉妬が、そうして生まれる自己嫌悪が、いつもわたしを挫かせる。そしてそれを甘んじて受け入れる怠惰がある。

思い通りにいかないと癇癪を起こしそうになるから出来るだけ一人でいたい。自分の醜さにばかり目を向けているから他人に褒められても信用が出来ない。都合良く利用して相手に同じだけのものを返せないから他人を求めることも出来ない。

だけどずっと虚しくてずっと寂しい。

帰りたいよ

帰りたい

 

寒いのはよくない。適応出来ない。暖房がどうとかの問題ではなく、ここにいることが、やっぱりわたしには苦しいのかも知れない。