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おなじことをなんどでも書く

 

 

 

かなしみは根絶やしにしたはずなのにいっぽん生えていて群れとなる

木下龍也 『オールアラウンドユー』 ナナロク社 2022年

 

 

千切ったノートの紙1枚に「仮に、」と言い置いて書き始めてみるも、たった一文から前にも後にも付け足す言葉はひとつもなかった。頭の中では言葉がぐるぐるまわっているのに宛てようとした瞬間に手が止まるのはわたしの卑怯さの表れだろう。

 

対症療法に長けることこそ生きる術と見つけたり。風呂に浸かって本を読み、外を歩いて掃除をする。いつ買ったんだか覚えていない洗剤はスプレーしても中身が噴射されずにぼたぼたと垂れていった。手が冷えないようにお湯を沸かして水に混ぜ、恨みを晴らすように絞った雑巾で消しゴムをかけるようにフローリングを擦る。たかが8畳程度の居住スペースで間に合わせの家具の場所を変えたところで別に洒落たりはしない。それでもあるべき配置であれと机とベッドを入れ替える。配線は丸見えだが隠す必要性も感じない。片手鍋を2cm小さいものに換えた。塩も砂糖も炊飯器も掃除機も予備の食器もラグも無い。パソコンを買い替えるつもりもネットを契約する気も無い。ちゃんと生きるつもりが無いから。いつかお返しするためだけの束の間借りている小さな部屋の中、祈ることも出来ないのなら何かを好きになることも今何かを好きでいることも今すぐやめたい。不毛。制御出来ない愛情が生まれる度に思い出しては意味も結論も求めず闇雲に比較する。あれで終わったわたしにはあれを通過点や思い出にすることが出来ない。上書きをして色を塗り直し違う絵画を描くことが出来ない。あのときに感じた想いを撫で摩り続け形を改めることが出来ない。ひたすら眉を顰め歯軋りをしながら弔いごっこを繰り返すだけ。いつか思い出さなくなることを一心に願いながら。

 

悲しいとか寂しいとか、純粋で素朴な感情は全て歪んで怒りに変質してしまう。虚しくて腹立たしくてしかたがない。どうやったら忘れられるんだろう。

ぶつけてしまえばいいのではないか。もう本人に。全てを。一瞬過ぎった発想は渋い味がして、クシャクシャに丸めてゴミ箱に投げた。